八鬮不動産🏡

街歩き、旅行、建築などの記録

地名

固有名詞の小書き仮名について(ケツ問題)

最近、なにかと〇〇ケ丘という表記をよく見る。〇〇丘じゃなくて〇〇丘。
手書きだと、多くの人が〇〇ヶ丘とするのに、活字(特に公共施設など)になるとケ丘という表記に成ることが多々ある。
このことについて調査したページが有る。
龍ヶ崎市?龍ケ崎市?「ヶ」「ケ」はどちらが正しい?
このページでは結果としてヶが是とする自治体とケを是とする自治体が両方存在することがわかった。
するとヶをする自治体、例えば茅崎市では茅崎と云う表記は間違いなのだろうか。
b5423d3e89b54ccf18d814be49e561d3
ケをする自治体、龍崎市では龍崎と云う表記は間違いなのだろうか。
e2718dd87ac82ff306bdeef2ed396d99
しかし茅崎と云う表記も、龍崎と云う表記もどちらも見ることができる。
龍ケ崎に至っては、JRの駅は竜崎駅、高校は竜崎高校など公共機関でもケとヶのばらつきがある。
同じことはッとツにもいえる。
東京の「よつや」では、四谷、四谷、四谷の3種類の表記を見ることができる。
更には、「四十八所越」、「宇生」、「紅葉」、「」、「」、「」、「」、」などもあり、バリエーションは様々だ(流石に〇〇丘、〇〇崎、〇〇丘、〇〇は無いようだ)
このヶとケ、ッとツの問題のことを、ケツ問題と云うことにしよう。
ケツ問題は、ケとツだけでなく、などの問題もあるが、それは後で説明する。

そもそもヶとケを区別する必要はあるのだろうか。
龍ケ崎や茅ヶ崎の古地図今昔マップで確認)を見てみると、両者ともヶと書かれている。最初は区別がなく、総てヶだったのだ。
ではケは何時から出てきたのだろうか。
今昔マップでは、1983~1987年迄龍ヶ崎だったのが、1992~1995年から突如龍ケ崎となっている。
しかし
龍ヶ崎を龍ケ崎に改めたという記録は特にない。自然にそうなってしまったのだろう。
d45f99d5fd043716b9cdb72b36236e91

0f46df2bd8fcadde40952abf34da8b1b
おそらく、ヶとケが区別されるようになったのは電算化の後だろう。
ヶとケに別の文字コードが割り当てられたため、区別が必要になったのだ。
しかし元から区別などなかったのだから、ばらつきが生まれるのは当然だ。
そして、ヶが正しい、ケが正しいと区別のないものを区別してしまうと事態はさらに複雑になる。

一方、文字コードが与えられなかったは、殆どになってしまった。
」、
」、「茶屋」、「」も、今では大文字だ。
この問題と、ケツ問題をあわせて、ノンケケツ問題と云うことにしよう。
ヶとケは区別するべきではない。ヶは間違ってる、ケは間違ってるなどということはあってはならないのだ。

地名「伊勢参り」他

風返/乳母ヶ谷戸/霜道/ユブメキ/伊勢参り/日暮/望地/太鞁免
今回紹介する地名は旧八王子市東中野と大塚の地名。
現在松が谷、鹿島となっている箇所は地名の消滅が開発時と同じだと思うが、現東中野、大塚の地名は何時消滅したのか謎である。続きを読む

地名「裏霞ヶ関」他

裏霞ヶ関/三年町/栄螺尻/福吉町/食傷町
続きを読む

地名「渋谷宮益町」「金王町」「衆楽町」

宮益町/金王町/衆楽町続きを読む

地名「破損町」他

牛込龍慶町/牛込供養塚町/破損町/抜弁天/饅頭谷/古着店/毘沙門横町続きを読む

地名「番衆町」他

三光町/番衆町/花園町/永住町続きを読む

地名「角筈裏」他

角筈裏/箔屋町/榑正町続きを読む

地名「磔松」「危険箱」「禁断の地」他

逐一地名を記事にしているとブログが地名記事ばかりになってしまうので、今回は纏めて紹介します。
厳耕地/磔松/怒り井戸/隠し砦/ナンジャモンジャ/謎の鏡玉/土公神/ぢんがん堂/鉄砲塚/首塚/迷い道/危険箱/ガス灯/禁断の地/こがら/やっちゃり続きを読む

地名「底無し穴」「隠れ穴」

4fe56de463d9abe6ed06c577df5b2ee1
※両隣の地名は適当です。
現:東京都多摩市中沢二丁目1番
旧:神奈川縣南多摩󠄁郡落󠄂合村(字)中澤(小名)底無し穴󠄁(1889年3月30日当時)
地図
IMG_7092

270d56703e56db9b91883c82cdb8d535
※両隣の地名は適当です。
現:東京都多摩市中沢二丁目1番
旧:神奈川縣南多摩󠄁郡落󠄂合村(字)中澤(小名)隠󠄂れ穴󠄁(1889年3月30日当時)
旧:神奈川縣南多摩󠄁郡落󠄂合村字高岸(1889年3月30日当時)
地図
両方共現在の多摩南部地域病院にあった。
隠れ穴は、関東大震災でできた穴で、穴の中は八畳程の広さだったらしい。
七不思議の一つとして数えられていたとか(他の六不思議は不明)

地名「鶴の供養塔」

これからは現行地名は紺色、旧地名は国鉄風で行くことにします。
f73d1f7b56c817c23872e69c8e3bff0d
※両隣の地名は適当です。
現:東京都多摩市山王下二丁目3番
旧:神奈川縣南多摩󠄁郡落󠄂合村(字)山王下(小名)鶴の供養󠄁塔󠄂(1889年3月30日当時)
旧:神奈川縣南多摩󠄁郡落󠄂合村字稲荷前(1889年3月30日当時)
地図
多摩市鶴牧の由来となった鶴を供養した場
鶴牧の由来は、誤って鶴を死なせてしまい、生類󠄀憐󠄃令󠄂(生類憐れみの令)で罰せられそうになった農民が鶴ではなく鍋鉉だと噓をついたことが由来。その鶴を供養した場所。
鶴の供養塔
記事検索
最新コメント
メッセージ

名前
メール
本文
RSS
  • ライブドアブログ